My Life in Boston/Cambridge

2005年5月から開始した米国ボストンでの生活を記録していきます

5/27/2005

家族到着

家族が無事到着した.
とは言っても,「何事もなく」着いたというわけではない.全くない.
1430頃到着予定だった時刻から5時間以上遅れた19:30ごろにようやく会う事ができた.
しかも彼女たちは別の空港から飛んで来た…

日本の実家を出発して24時間以上かかった妻から聞いた,5時間遅れの経緯はこんな感じ.

  • 成田からニューヨーク(JFK)まではほぼ定刻で順調
  • 入国,税関なども問題なし.
  • JFKからボストンの国内線,予約していた便がまず1時間ディレイ(JFKは常時混んでいて遅延は当たり前)
  • ようやく搭乗したが機体トラブルという事で結局飛ばずに降ろされ,待たされる
  • ようやく手配された代替便はラガーディア空港発で割り当てられ,バスで30分かけ移動
乗り継ぎ便に何重ものトラブルが重なったということになる.
しかも預けていた荷物(段ボール3箱!)は代替便への引き継ぎ運搬をしてもらうことなく,機体トラブル後早々に返却され,自分でラガーディアまで面倒をみたらしい.
これは1歳の子連れにとっては致命的.段ボール3箱持って建物内やバスの乗り降りなどをしろというのは絶対無理.
妻も途方に暮れていたが,幸いにも同じ目に合った乗客約20名の中にいた韓国人の男性が,ボストン到着まで何度も荷物の乗せ降ろしをサポートしてくれていたらしい.恩人である.
状況を完全には把握できない中,空港の外を走るバスに揺られていた妻はどこに連行されるのだろうと思いながらも寝ていたというからすごい,というかそれ程疲れ果てていたのだろう.

定刻は期待できないだろうと思いつつも,定刻ちょっと前には空港入りして待ち構えていた私は,到着予定の掲示板を見て断片的な情報(予定便がキャンセルになった事)は把握していたが,別空港に回されている事までは予想できていなかった.
妻から携帯に電話連絡もあったが,別空港に回されるあたりからは連絡できるタイミングもなく音信不通だったので,更にトラブっているのだろうと覚悟はしていた.
とは言え,おそらく次の便で来るのだろうと待っていたが,該当便の客と荷物が全て消え失せてもまったく来ない.
さすがに焦って航空会社に調べてもらって,「どうもラガーディアから乗っているみたいだ」と聞いたのはもうその便が到着する直前の夜7時だった…

もう呆れ果てるレベルを通り越して悟りの境地.
ホントお疲れさんでした>爆睡中の妻と娘

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